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11月が今日で終わり。

ここ数年、11月で1年が終わるような感じがしています。

で、

12月は翌年のことを考えるようにしています。

今年はいろんなことがありました。

年初めから大きなイベントにお招きを受け、100名の
同業者の方々の前でお話をさせていただきました。

うーん、今思い出してもいい経験でした。

それから海の遊びを覚え、

またまたイベントごとにお招きを受け、

秋には初めて仕事を3連休して大きな研修に参加。

新しい友達がたくさんできて、

そして、久々のフルマラソンも走った。

いや~、いろんなことをしました。

その分とっても

早!!!

な1年でした。

来年は今年やれなかったことをやります。

で、

当然ながら(?)、新しいこともやります。

遊んでばっかりかいっ!!!

って突っ込まれそうですが、仕事のこともちゃんと考えています。

ここ数年、なぜかできない移転を来年こそは!

と思ってます。

ま、ほかにもいろいろやります。

来月じっくり考えて、それを1つずつ実行するのみです。

楽しい1年でした。

フフフ。

では~。
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彼と自分を比べるのではなく、

彼から何を感じるかじゃないかな。

大事なことは・・・。

って思う。

今年は頑張ったので(と毎年言っていますが)、何か自分自身に対して
プレゼントをと思い、職人魂が光る土屋鞄さんで1点購入。

で、先日届きました。

うーん、いいですね~。

まだ新しいので皮の匂いがしっかりとします。

普段は便利なのでメッセンジャーバッグを使っていますが、
財布とカードケースだけを持って出かけたいときは少々
大きいのです。

そこで、ちょうどいい大きさの鞄はないものか?とずーっと
前から探していたわけです。

で、土屋鞄さんで発見したのですが、売り切れ。

そこから再販売まで待つこと数か月。

やっと再販が決定したとのメールが届き、さっそく発売日に
ネットで購入。

で、到着したわけです。

大きさ、形、機能性・・・

どれも文句なし。

さらに、オイルを塗るメンテナンスが不要なんです。

これはもう使い込まなくては!!!

革製品が好きな人ならお分かりかと思いますが、革製品は使えば
使うほど味が出ます。

いいものは大切に長く使えます。

フフフ。

これからどんな変化があるか楽しみです。

いい買い物しました。

ちなみに・・・

こんなのです。

Image051.jpg
揖斐川マラソンからもうすぐ1週間たとうとしています。

参加したみなさん、お疲れ様でした~。

応援してくださった皆さんもありがとうございました。

ウチの患者さんも何人かご参加されたことと思います。

お疲れ様でした~。

いろいろとコメントくださった皆様、ありがとうございました。

来年も頑張りましょう!!!

私は来年100キロマラソン(エントリー済み)とトライアスロンに
チャレンジします。

やりますよ~!!!

皆さんのご活躍を蔭ながら応援しています!!!
結婚したら奥様をほめる言葉として「君は僕にとって完璧な女性だよ」
って言ってみようかと思っています。

結婚したら奥様から「あなたの褒め言葉っていつまでたっても完璧じゃないわね」
って言われるんだろうなって思ています。

苦笑・・・。




知っていますか?

実は日本にはいろんな人種がいます。

そう、

あなたの近くにもいるかもしれません。

たぶんいる。

もしかしたらあなたもそうかも?

どんな人種?

見た目はフツーなんです。だから普段はわからない。

宇宙人が変装してる?

違います。

もちろん、フツーの人です。

でも、ちょっと違うところがある。

違うというか、ある癖を持っている人たちです。

どういう“癖”か?

それはね・・・

「完璧主義!!!」

っていう癖です。

すべてにおいて完璧に物事をこなしたくなる人たちのことです。

いるでしょ?あなたの周りにも。

意外とたくさんいるんです。でしょ?

見た目はフツーなんだけど、とってもいい人なんだけど、仲良しだし、
とっても好きだし、大事にしたい人なんだけど、一緒にいたいんだけど、

だけど、だけど、だけど、

ちょっとお疲れちゃんな人。

「そ、そこまでやらなくても・・・」

「たまには気分転換でもしたら・・・」

「今のままでもう十分だよ・・・」

っていう言葉をかけたくなる人たち。

それが、

ミスターパーフェクト、ミスパーフェクトなのです。

誤解しないでくださいね。からかってるわけじゃないので。

ミスターPもミスPもちょっとしんどいんですよね。見てるだけで。

教えてもらったことですが、「完璧」という基準は「完璧」ということが
存在しない以上はもっとも低い基準なんだそうです。

そりゃあそうだよなって思う。

「ない」ものに基準を設定し、そしてそれを求める。

無茶ですよね。

完璧にこなしたい、完璧にやりたい、完璧にしたい、という気持ちは
分からないでもない。

でもね、

世の中、完璧を求める人ばかりじゃあないんです。

たとえば、

接客業において完璧なサービスを提供したいと思っている従業員が
いるとしましょう。

で、

一生懸命その人はやる。

で、

上手くいった。

そして、お客さんは満足。

かもしれない。

でもここでちょっと考えてほしい。

完璧ってそもそも何なのか?

その定義がない以上は完璧=満足、とはいかないはずだ。

この場合、お客さんは完璧よりも快適を求めているのではないだろうか?

でしょ?

完璧、というと聞こえはいいけど、何か窮屈。

そんなことよりも、ちょっとカジュアルな快適さのほうが安心。

でしょ?

完璧を求める人がわかっていないのは実はここなのです。

完璧=満足。

違うんです。

快適=満足。

なんです。

でしょ?

窮屈さよりも、安心感。
四角四面よりも、やわらかな曲線。
マニュアルよりも臨機応変。
奥様にはほめ言葉より現金(?)

ちょっと脱線しましたが・・・(失礼)。

完璧に物事をこなそうとしている人は実は臨機応変さがない。
柔軟性にかけるんですね。

だから決まりきったことは上手。だけど、世の中は四角もあれば
丸もある。三角もあるし、星形もある。

決まりきったことだけをやっていると完璧にこなせるかもしれない。
でも、そういう人は実は世間がとっても狭い。

だから視野も狭くなるし、価値観も偏っている。

で、「ベッキーな人」になってしまう。

こうするべき、こうあるべき、そうすべき、そうやるべき・・・。

しんどい~。

完璧主義というのはかっこよく聞こえるかもしれないが、実は
単に楽をしたいだけなのです。

決まったことだけをやりたい。臨機応変さは困る。

というのが事実です。

決まったことだけをやっている間はどんなにそれが大変でも楽なんです。

物事に臨機応変に対応しようと思うと、それなりに頭を使って、考えて、
空気を読んで、相手を見て・・・

っていろいろやらないといけない。

それを避けているだけなんですね。

でも、さっきも言いましたが、世の中はいろんな人、価値観、考えがある。

だから完璧主義を貫こうとするといつか自分に矛盾が生じる。

完璧にこなしたはずなのになんで思う結果が出ないのか・・・?
っていう感じになる。

で、心が風邪をひきます。

その典型が「うつ」ね。

物事をきちんとやろうとする姿勢はとてもいいんです。

でも、完璧に・・・、やる必要はないんです。

完璧ということが存在しないんですから。

100点を求められる場合もあれば、60点でいい場合もある。

0点でも、「また次があるよ~」って場合だってある。

地球が球体であるように、世の中四角四面じゃないんです。

あいまいなんです。

完璧じゃないと満足できな人は実はほんのちょっとお子様なんですね。

だって、世の中はあいまいなことのほうが多いんですから。

誰かが言ったそうです。

「あいまいさを受け入れることが大人になるということだ」

って。

若い頃って誰しも清濁併せのむことができない。

でも、

年齢を重ねるにしたがってだんだんとできるようになる。

でも、

完璧主義の人はそれがちょっとだけできていないだけなんですね。

だからちょっと今までと方向修正をしてみる。

ちょっとでいい。

色んな人に会ってみる、話してみる。いろんなことをやってみる。
食べてみる、読んでみる、見てみる。

とにかくいろいろ好奇心を持ってみる。

そうしていくうちに価値観が変わっていくし、広くなっていく。

で、いつしか「完璧」を忘れることができる。

完璧じゃなくってもいいんだって自分で自分に許可を出せるようになる。

許可を出すのは他人じゃなく、あなた自身なんです。

大丈夫。

何も心配しなくてもいい。

世の中はもっと楽しい。

完璧である必要はどこにもない。

あいまいでいい。

柔軟でいい。

そのほうが楽しい。

いろいろがいいですよ。いろいろが。

でしょ?

フフフ。

大丈夫ですよ。

では~。

昨日(11/14)、揖斐川マラソンに出てきました。

久々のフルマラソン。

残り5キロで少々バテ気味になりましたが、
何とかゴール。

で、タイムは・・・

3時間57分44秒(暫定)でした。

4時間前後でゴールできるかなと思って今回は
臨みました。

で、

ナントか4時間は切れました。

フゥ。

もうちょっと練習しないとね~。

でも、昨日はホントに楽しく走れました。

揖斐川マラソン大会関係者の皆さん、地元の応援して
くれた方々、ありがとうございました。

秋の揖斐はとっても景色が綺麗でした。

やっぱりいいね~。

マラソンって。

ありがとうございました。

楽しかったです!
お風呂とトイレの掃除は得意なほうなので、お風呂とトイレの
掃除はデキルよ~って結婚したら奥様に言おうと思っています。

でも・・・

お風呂とトイレの掃除くらいは言われなくてもデキテ当たり前!
って結婚したら奥様に言われるんだと思っています(苦笑)。




少し先の話ですが、来月臨時休診をします。

日時は・・・

12/4(土)です。

休んで何をするのか?

ディズニーランドに行ってきます。

仕事休んで遊びに行くの?って思われるかもしれません。

そうなんです。

仕事休んで遊びに行くんです。

でもね、

今回はちょっと違います。

一人じゃないんです!!!

そう、

一人じゃないんです。

誰と行くのか?

多くの仲間と一緒に行くのですが、さらに今回は新しい
仲間と一緒に遊びます。

誰か?

児童養護施設の子どもたちと一緒に遊びます。

実は今回、ちょっと縁があって児童養護施設の子どもたちを
ディズニーランドに連れて行くという企画に参加することに
しました。

児童養護施設の子どもたちというのは(教えてもらったことですが)
両親がいない、ということではなく、親から虐待を受け、
その結果施設で暮らすことになった子どもたちなどをいいます。

さまざまな理由があるとは思うのですが、虐待が結構多いそうです。

うーん。

考えてしまいますね。

実をいうと、こういう企画に参加するのには少々迷いがありました。

自分自身が果たしてこういうことをする立場にあるといえるだろうか?

とか、

ボランティアやチャリティといっても、自己満足になってしまうのではないか?

などなど。

迷いがあったことは事実です。

でも、

他のこともそうですが、

考えているだけでは何も変わらない。正しいかどうかはやってみないと
分からない。

ならば、やってみよう!

と思って参加を決めました。

参加を決めてからも、

子どもたちと上手く接することができるだろか?

とか、

上手に楽しませてあげることができるだろうか?

など

色んなことを思ってしまいましたが、

やっぱりすべてはやってみないとわからない。

今の自分でできることを精いっぱいやってみよう。

そして、子どもたちを楽しませてあげよう。

って思いました。

今の私にできることは小さなことだと思います。

でも、虐待を受け、大人に対していろんな印象を持っている子供たちに
対して、世の中にはこういう大人だっているんだ、っていうことを少しでも
思ってもらい、感じてもらえればなって思っています。

勝手な私の思いで土曜日を休ませていただきます。

ご理解下さい、とは言いません。

腹立たしく思う方もおられるかもしれません。

でも、

今、ボクニデキルコト、は

施術だけではないと思うんですね。

社会に対してほんの少しですが、貢献してみる、ということも
今の私にできることかなと思っています。

臨時休診に関しては改めて連絡させていただきます。

やるからには、一生懸命やってきますね。

では~。
結婚する前は彼女にプレゼントをすると(おそらく)
「本当にいいの~、こんなのもらっちゃって~!!!」
って喜んでくれるんだろうと思います。

結婚した後は奥様にプレゼントをすると(ほぼ確実?に)
「本当にいいと思ってるの?これだけでぇ?」
って更なる努力を要求されるんだろうと思ってます。

苦笑。




さて、突然ですが、

「1億円欲しいですか?」

って聞かれたらどう答えますか?

まあおそらくほとんどの人が

「欲しい」

って答えるでしょう。

私も欲しいって答えると思います。

でも、

本当に、本当に、本当に、心の底から欲しいって思いますか?

って聞かれたらどうでしょう?

おそらく、

「そこまでいわれるとなあ・・・」

って多くの人がなるのではないでしょうか?

私もなります(笑)。

では、もう1つ聞きます。

「本当に、本当に、本当に、心の底から欲しい!!!」

って思えるものを言えますか?

おそらく言える人って少ないと思います。

そう、

それくらい多くの人は自分の「欲求」について真剣に
考えていないんです。

じゃあ何を考えているのか?

そう、

前回の続きっぽくなりますが、

「義務」については考えているのです。

こうあるべき、ああするべき、そうなるべき・・・

などなど。

ちょっと考えてみて欲しい。

こんなに義務感にがんじがらめにされていてはそりゃあ毎日楽しく
ないっすよ。

だいたい、

こうあるべき、そうあるべき・・・

なんて何を基準に「べき」なのか?

アインシュタインが言ったそうです

「常識とは18歳までに身に着けた偏見のコレクションである」

って。

もっと「べき」や「常識」を疑ってみてもいいのでは?って思いません?

そして、1度の人生の中で本当に、本当に自分が欲しいものは何か?を
考えてみませんか?

こうあるべきより、どうなりたいか?

どうなりたいか?がわかったら、どうなりたいかの前にどうありたいか?
を考えてみる。

これって結構大変です。

そんなに簡単に答えは出てこないから。

自分のことは自分がわかっているかもしれない。でも自分のことだから
分からないこともいっぱいある。

その分からないことを一生懸命考えた人は、考えなかった人より楽しい
毎日を送れる。

たとえば、就職。

自分が本当にやりたい仕事は何か?

これって難しい。実際にやってみないとわからないこともたくさんある。
しかし、多くの人はあまり考えない。

就職できればどこでも・・・、安定した公務員が・・・、大企業が・・・

これってすべて

就職すべき、安定しているべき、大企業を選ぶべき・・・
って発想でしょ?

自分が「やりたい」はどこにもない。

とりあえず、なんとなく、で就職するから、とりあえず、何となくの毎日に
なるのは当たり前。

もっと真剣に自分がどうなりたいのか?そしてどうありたいのか?を考えても
いいんじゃない?

お受験を否定するつもりは全くないですが、あれって所詮、安定を求めてる
わけでしょ?

いい学校入って、いい大学行って、いい会社に就職する・・・

いい学校って何?いい大学って何?いい会社って何?って言いたくなる。

天気だって毎日変わるのに、世の中に安定があるわけない。

安定なんて幻想だ。

公務員が安定?

郵便局はどうなる?

公務員が悪いとは言わないが、安定を求めるということは、自ら可能性を
放棄していることになるのだ。

加えて、安定=退屈というのが世の常。

もっと自分の可能性を広げてみよう。

だから必死になって考える。

自分が本当に、本当に、本当に、心の底から欲しいもの、なりたい姿、
そして、ありたい姿はどのようなものなのか?

途中で修正したって構わない。何度でも考え直したって構わない。

短絡的にお受験をして一生安定・・・なんてさみしいことを考えるよりは
よっぽどいい。

本当に、本当に、本当に心の底から自分自身が欲しいと願っているものは何か?

社会に出たらほとんど役に立たない教科書のことを考えるよりも楽しいですよ。

じっくり、真剣に、考えてみませんか?

では~。

結婚するまでは彼女に対して、あんなことしてあげたい、
こんなことしてあげたい、もっと喜んで欲しい・・・って
純粋な欲に従って行動するんだと思います。

結婚したら奥様に対して、あーしなきゃ怒られるんじゃないだろうか・・・、
こーしなきゃまた怒鳴られるんじゃないだろうか…、早く○×△しなきゃ・・・
って純粋に(?)義務に従って行動するんだと思います。

この人生のターニングポイントは果たしていつなのか・・・(苦笑)。




さてさて、B級小説のタイトルみたいになってしまいましたが、まあそれは
さておき、

いきなりですが質問です。

あなた、ベッキーになってません?

タレントのベッキーのことじゃなくて、日々の生活の中でナンデモカンデモ
○○すべき、△△であるべき、××べき・・・。

などなど。

とにかく「義務」に縛られ「過ぎて」ませんか?
(どーでもいいことですが、タレントのベッキーは多分いい子なんだと思う)

こんな風に何でも「べき」にとらわれすぎてしまっている人のことを
密かに「ベッキーな人」って呼んでます。

フフフ。

毎日生活していく中で確かに「~すべき」な部分はたくさんあります。

でも、それが過度になるとちょっとしんどい。

どれくらいしんどいかというと、本人は当然しんどいわけですが、
周りが見ててもしんどい、というような人がときどきいます。

気軽に言うといけないことですが、かわいそうだと思う。こういう人って。

「もっと気楽にしたら~」

なんて言っても出来ないのが「ベッキーな人」たち。

「~すべき」がいけないんじゃないですよ。「過度に~すべき」な思考に
なってしまっているのがしんどいんじゃないですか?

っていうことを言っているのです。

どうですか?

誰が命令したわけでもないのに、ナンデモカンデモ「べき」と考えて
しまう。

で、ついつい周囲にもその「べき」をいつの間にか押し付けてしまう。

そりゃあしんどいっすよ。

もっと気軽にいきましょう~。気軽に気楽に。

なんで「ベッキーな人」になってしまったのかはその人それぞれの
理由があるでしょう。

でもね、そんな人でも子供のころは全く逆だったはず。

子供のころはみんな

「タイ」

だったはず。

○○した~い!△△へ行きた~い!××が食べた~い!

などなど。

欲求のみで生きてたはず。

でも、いつの間にかその真逆になってしまう。

しかも過度に。

大人になるにしたがって誰でも義務が生じます。当然です。

でもね、人には欲求があるので、欲求に従ったっていいんですよ。

誰も禁止してないんですから。

禁止してるのは誰でもない。あなた自身なのです。

大事なことはバランス。

義務ばかりではなく、欲望に従って行動したって構わないし、そういう
部分も必要です。

義務をたくさん果たした後は、同じくらい、欲望を満たしてあげたって
いいじゃないですか。

違いますか?

そのほうがいいですよ。

きっと楽になる。

義務も大事だけど、欲望も大事。

だからどっちも上手にコントロール。

どっちも大事にする。

だからいい結果が出る。

好きなことでいい結果を出すために、やるべきことをキチンとやる。

これが僕のスタイル。

だから自分で仕事ができている。

義務ばかりじゃ窮屈です。

欲望ばかりじゃ堕落します。

今義務感ばかりにとらわれてしまっている人はちょっと昔を思い出して
みよう。

子供のころはどうだったかな?って。

子供のころが無理なら、学生時代だっていい。

欲望に純粋だったころを思い出してみよう。

きっともっと楽しくなる。

思い出せませんか?

ならこんなのはどうでしょうか?




どうですか?

ちょっと昔を思い出しました?

ベッキーもいいけれど、時にはタイになってみる。

そう。

だから私はあと一日働いたらまた海に行きます。

フフフ。

楽しんできま~す!

では~。


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